クマの雑記帳です。

文学、語学、その他諸々についてまったり綴る。

クマでもわかるレッシング

はじめに 

 

あ、レッシング って聞いたことあるかも。

ゲーテ と並ぶくらい大事な作家なんだよ。

 

「啓蒙の頂点」

 

この言葉に値する作品、『賢者ナータン』を著したのがゴットホルト・エフライム・レッシング(1729-1781)。

 

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劇作家・思想家であった彼は、かの有名なゲーテ やシラーに多大な影響を及ぼしました。

 

彼はシェイクスピアをドイツ悲劇の模範と宣言し、『サラ・サンプソン嬢』(1755)や『エミーリア・ガロッティ』(1772)などの市民悲劇を著していきます。

 

喜劇の分野でも、レッシング は『ミンナ・フォン・バルンヘルム』(1767)などの優れた作品を残しました。

 

今週はこの作家と作品のあれこれを。

 

それにしても、最近あったかいや。

 

 

レッシング とは?

 

少年レッシング  

 

カメンツという街にある、プロテスタント教会の重役である父のもとに生まれたレッシング。

 

幼少期からその才覚を見せ始め、弱冠5歳にして聖書やカテキズム(キリスト教の教理をまとめたもの)を読みこなせるほど。

 

優秀な成績により、早期の卒業が認められたレッシングは、ライプツィヒ大学にて神学を学びはじめます。

  

レッシングが神学を学ぶことは彼の父の希望でしたが、まもなく神学に対する関心も薄れていき、じきに詩や演劇に熱中することに。

 

作家・批評家への道

 

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続いて薬学を学びはじめたレッシングは、ヴィッテンベルク(ルターの街として有名ですね^^)にて研鑽を重ねていき、大学卒業資格を取得。

 

1755年にライプツィヒに戻ってきたレッシングは、詩人・軍人であるエーヴァルト・フォン・クライストとの親交を結びました。ちなみに写真はこの方のもの。

 

1760年から5年間、司令官の秘書として働いたレッシング は、ベルリンでの生活を始めます。

 

ベルリンにてレッシングは、非常に多くの人々に影響を及ぼした美学論文『ラオコーン』、さらにはドイツで最も優れた喜劇として評価されるほどの傑作『ミンナ・フォン・バルンヘルム』を発表させます。

 

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ハンブルクに国民劇場ができると、この劇場の顧問兼批評家としてレッシング は招かれ、大著『ハンブルク演劇論』を著すきっかけを得ることができました。この作品と『ラオコーン』はともに、ドイツの美学・文学理論の基礎をなすものとなりました。

 

苦境

 

1770年にヴォルフェンビュッテルという街の図書館長になったレッシング。

 

この街で市民悲劇の傑作『エミーリア・ガロッティ』を書き上げます。

 

しかしながら、当時彼が暮らした環境は決して好ましいものではありませんでした。

 

レッシング を招いた公子は文芸のことについては無関心。

 

6年間の婚約を経て結婚するも、難産によって妻と子を失う有り様。

 

さらに追い討ちをかけるかの如く、レッシング にさらなる試練が降りかかります…

 

宗教大論争

 

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図書館長として働くレッシング と、ハンブルクの牧師ゲーツェとの宗教大論争がはじまります。

 

相手側の策動によって論争文を公開することを禁じられてしまったレッシング 。

 

そこで彼は、劇作品を用いて自らの考えを公のものにしようと考え、最後の戯曲『賢者ナータン』を完成させます。

 

この作品の主人公ナータンは、サルタン(アラジンの白くて丸いのだよ)にキリスト教ユダヤ教イスラム教うち、どの宗教が真の宗教であるかを尋ねられます。

 

そこでナータンは、それぞれの宗教を三つの指輪にたとえ、重要な本質がいかにその教えを実践することにあるかということを伝えます。

 

 

レッシング の功績

 

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シェイクスピアをドイツ人の模範として評価し、さらに市民悲劇の実作を通して、「啓蒙思潮」から「シュトゥルム・ウント・ドラング」という文学運動への橋渡し的な役目を担ったレッシング 。

 

本質的には批評家であった彼は、豊かな学識やその知性を用いて、新たな文学方法論を打ち立てていきます。

 

そして1781年、『人類の教育』という作品の発表を最後に、レッシング はこの世を去ることとなります。

 

啓蒙」というのは、昔からある迷信や不条理などを、理性によって批判して幸せになろうっていうものだよ。

 

ということで、今回はこれでおしまい。

 

最後まで読んでくれてありがとう。